小獅子の尾

芸術大学の通信教育部に通う20代女子の雑記

通信制芸大生の近況ー芸術学と宗教学の違い

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アクセスが減った

最近、体調が悪いのもあるんですけど、卒論やスクーリング、Webページ制作などなど・・・
色々とやっていたら時間が無くて。
特に卒論の圧迫感ったら無くて。

気づけば12日もブログを更新していませんでした・・・なんと、半月・・・
最近アクセスが急降下していて、慌てて昔のレポートをアップする間抜けな私。

ブログも大変ですよね。
凄いコンテンツを作ってトップになる!みたいな野望はないけど、アクセスが一気に減ると焦る謎の心理があります。

時々更新が停滞すると思いますが、今後とも、どうぞよろしくです。

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芸術学と宗教学の違いとは?

そんな感じですが、最近ちょっと思った事があって、通信制大学の話なんですけど。
私の卒論のテーマって民間信仰と神楽の関係っていうかなり宗教・宗教していて、なおかつ民俗学の香りもするマニアックなテーマなんですけど。

が、そう言えば芸大に入学した頃は芸術と宗教の狭間で揺れていた事があったなぁと思って、ちょっとブログに書いてみようかなと思います。

私は入学当初から、民間のお神楽を舞踊学・芸術学の視点から研究したい!という強い意思があり、通信教育では日本の伝統舞踊が学べる唯一の大学という消去法で大学を選び、入学しました。

とても強い意思があり、卒論を進めるなかで担当教員の理解の無さに幻滅して喧嘩したりしましたが・・・まぁ、とにかく強い意思がありました。

そんな中で、私は元々巫女をやっていた訳ですが、宗教学と芸術学の違いが不明瞭になってきて、芸術としてお神楽を捉える際に、どこまでを芸術として認識して良いのかが解らなくなって来た時期があったんですね。

これは宗教学の領域なのか、それとも芸術学の領域なのか?
一年次の終わり頃でしょうか、かなり揺れました。

それでも学びを進めて行く中で、西洋の芸術も、東洋の芸術も、その根底には宗教がある事に気が付きました。
西洋はギリシア神話キリスト教が芸術の根底にあり、東洋では儒教や仏教がその根底にありました。

儒教と中国美術の関係をテーマにした研究は芸術学として成り立っていますし、キリスト教と西洋絵画の関係をテーマにした研究も芸術学としては普遍的です。

そうか、芸術と宗教は同根なのか、同根だから区別する必要は無いのか、と思ってかなり気が楽になった事を今も覚えています。
芸術と宗教の関係は、音楽にも彫刻にも演劇や舞台芸術にも、絵画にも現れる普遍的な物で、芸術と宗教は根本的には同じ物なのだと、乱暴な解釈ですけど私は思っています。

芸術の中に信仰があっても良いし、信仰の中に芸術があっても良い。
その区分は不明瞭で、古代から延々と互いに影響しあっているのだと思った時に、初めて自信をもって民間のお神楽を研究対象として捉えられる様になりました。

芸術と宗教が同根だと思うようになって、芸大に入って良かったと思える様になりました。
まぁ、その後のトラブルで芸大関係者は金の亡者だなと思ったり、色々あるんですけど・・・

一見すると全く違う物が、深く学ぶと同じだと気付いたりします。
これは本当に不思議な物で、私たちが日常生活で見ている景色というのは凄く表面的で、物事の一部しか表されていないという事です。

少し学ぶことで、物事の見えかたや捉え方が変化したりする。
私たちは物事を、どこまで正しく認識しているのか、その認識とは何かを学ぶのが芸術学というか。
そういう話が好きな人が多いですね。
認識に関する研究は美学の領域なんですけど。

学ぶことで、私の迷いは消えて行きました。
卒論にはかなり力を入れていて、消耗していますが・・・
良い論文が書けそうだと思っています。

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