小獅子の尾

芸術大学の通信教育部に通う20代女子の雑記

被差別部落と芸能者の関係ー卒業研究への不安

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卒業研究で部落と芸能の関係が解った

最近、ようやく図書館が使える様になったので、しばらく卒論に専念しています。

私は宗教芸能についての論文を書いているのですが、封建制度の中で、芸能者は非人に位置付けられた事から、部落の問題とも深く結び付いている・・・と、言うのは良く見る話です。

特に声聞師、あるいは唱聞師等と書き表される芸能者に関する文献は、その多くが被差別部落との関係を記した物です。

私の論文は芸能者の立場や役割に関する物ではなく、芸能に関する物だったので、被差別部落に関するページは読み飛ばしていました。

大抵は卒業研究とも自分とも関わりの無い地域の話で、参考にはならなかったからです。

しかし、しかしですよ。
色々と文献を読むなかで、あったんです。
家の近所の被差別部落に関する記述が。

声聞師に関する記述ではありませんでしたが、村の名前を見たときに、すぐ脳裏に"部落"という言葉が浮かびました。

家から少し離れた場所にある、被差別部落の一つです。
そして、そこは声聞師に纏わる人達が生活する集落の一つで、江戸時代において特例的に帯刀が許される人の住む地域でもありました。

驚愕しました。
そして実感を持って思った。
被差別部落と特定の芸能者・宗教者は関わりがあるんだと。

特定の芸能者・宗教者の後胤が住む地域が部落なんだと。
その時の衝撃と来たら、もう言葉にはできません。
稲妻が落ちた様でした。

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被差別部落と農村の私

私も古い家に産まれたので、被差別部落という言葉に強い緊張感を覚えます。

中学生の頃、新しい友達ができた話を祖父にした所、大声で怒鳴られた事があります。
何という名前や?と聞かれ、彼女の名前を答えた所、○○に住んでる奴とちゃうやろな!
何も知らんと思って調子に乗りやがって、お前まで同じやと思われるぞ!と大きな声でどなられたのでした。

彼女はその○○という地区に住んでいて、そこが旧被差別部落だったのです。
私はその時に初めて被差別部落という存在を知りました。

被差別部落とはどんな概念なのか、後から祖母が後から教えてくれました。
今はそんな事は関係ないし、差別は法律で禁じられてるから、真に受けたらいけないと。

しかし、その祖母と車で桜を見に行った時のこと、ある集落に差し掛かった所で、それまで元気だった祖母が帰ろうと言い出しました。
部落か知れん、昔見た事あるんや、そことよぉ似てる、もう帰ろう、と。

ちょっと通り掛かるだけやから大丈夫やで、と言って聞かせても聞きません。
ただ、帰ろう、帰ろうと繰り返すばかりで、その様子は部落を蔑視していると言うよりもおそれている様に見えました。

部落への差別は、蔑視から来る差別とは少し違う様に感じられます。

そもそも、猟銃を趣味とする祖父には被差別部落出身の友人が何人もいるのです。
祖母にも多少の面識があったはずです。

差別の根底にあるのは、人間性の否定ではなく、ある種の禁忌の様な感覚なのだと思います。
そして、それは被差別部落の人達が、元来祭祀に関わっていたからなのかも知れません。

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研究を続けて良いのか解らない

唱門師、陰陽師に纏わる被差別部落の存在は、近世の身分制度による物ではなく、中世の系統を引くものの様です。

文献に出てきた我が家から少し離れた場所にある部落も同様に、特殊な祭祀に携わる人々の居住する地域でした。

正直、私は芸能者と被差別部落の関係を軽く考えていたと思います。

地元の宗教芸能を研究する事は、ある意味では地元の被差別部落と、部落に由来する芸能を調べる事でもあったのです。

私もミレニアル世代、部落への差別などという古い風習に加わる意思はありません。
しかし、そうは言ってもセンシティブな問題です。

古い集落です。
旧習に囚われたままの人も多く、神事と部落の関係を解き明かそうとするこの研究が、どのような影響を与えるのか解りません。

何もないかも知れませんが、何かあるかも知れません。

地元の被差別部落と神事芸能の関係を突き止めた事で、自分の研究が突如差別に纏わる、センシティブな何かに変化した様な気がして、不安になりました。

私も旧習に囚われているのかも知れません。
それでも、なんだかとても不安です。
安全な場所から口を出そうとする、ある種の罪悪感と言うか恐怖と言うか・・・畏怖のような気持ちがあります。

しかし、芸能を研究する限り、部落の存在は避けて通れぬ様です。

少し前に、アメリカの人権問題に取り組んでいた女性が白人なのに自身を黒人だと詐称していたニュースがありました。

ニュースを見た当時は、人種を詐称する必要なんて無いのに・・・と思いましたが、今は何となく彼女の気持ちが解ります。
この研究を続けて良いのか、ただただ不安に感じています。


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※この文章は被差別部落にまつわる現状と、自身の意見を伝える為に書きました。
差別を増長するために書いた物ではありません。