小獅子の尾

芸術大学の通信教育部に通う20代女子の雑記

【神楽舞】元本職巫女が伝統舞踊を学び始めた切っ掛け

このブログは通信制大学に通う一学生の実態を公開する目的で作ったのですが、元本職巫女として、神社や神道のこと、信仰のことも書いてみようかと思います。

内容としては個人的な感覚の話になりますが・・・

元巫女が思う信仰と役職のちがい

日頃から思っている事のひとつに、神社で働く事と神様を崇敬する事は違うという物があります。
元巫女だという事が解ると、「神社で働いている方は」「神様に仕える立場の方は」等と言われる事がよくあり、この様な考え方に常々違和感を感じています。

神社で働く事は、極論として言えば信仰が無くても出来る事です。
信仰が無くても神職にはなれますし、信仰が無くても巫女にもなれます。
現実問題としては、信仰よりも血縁の方が大切かもしれません・・・ 笑


特に、神社を継ぐ訳ではなくただ単純に神社に「就職」するのであれば、信仰などは特に必要ないでしょう。

私の神道の先生が常々言っていた事のひとつに、「自分の事を優先してはいけない、神様よりも自分を優先するという事は神様を信仰していない事と同じです。神様の為に全てを捨てる覚悟があるかどうか、それが信仰です」という物があります。

まさにその通りで、神様を最上の物として考えるならば、神様よりも自己を優先する筈がありません。
それが信仰です。

神社でお金を稼ぐ場合は、この様な決心は必ずしも必要なものではありません。
神社で働くために必要な物は血縁と地縁、それから神縁でしょうか。

神に仕えるという事は神社で働く事と同意義ではありません。


世の中には神仏に仕える為に、文字通り全てを捨ててしまう人が沢山居ます。
日本では法律の問題もあり、居住地を持たずに修行する宗教者の話は聞きませんが、昔はその様な宗教者が各地に点在していました。

また、特定の宗教法人に所属せずに宗教的行為を行う、肩書きの無い宗教者は現在も少数ですが、各地に点在しています。

本当の意味での宗教者になる為には信仰が必要です。
しかし、神社で働く事と、本当の意味で神に仕える事が同意義であるとはどうしても考えられません。

個人的な経験から思う事

巫女というのはブラックな仕事です。
本来、巫女と稚児は別の物であり、既婚の巫女が多数存在していました。
しかし、現在では巫女は結婚と共に退職する制度が広く認識されていますし、結婚をしなくても30代までに退職する事が神社界全体で暗黙の了解になっています。
19歳の頃に勤めた神社では、1月に人員不足でも無いのに休みが貰えず、27連勤した思い出もあります。

神社の中で要らぬトラブルに巻き込まれる方もチラホラ見掛けます。
パワハラ・セクハラ・サービス残業は兎も角として、由緒や巫女神楽の改変に知らず知らずの内に巻き込まれる者もいます。

私自身も神社の中で、神職が根拠なく由緒を改竄している姿を目にしました。
彼らは何処に行くのでしょうか。
壊された由緒と神楽はいつ取り返されるのでしょうか。

何百年も受け継がれてきた物を、目前で破壊されるのは気分の良い物ではありません。
私が舞型の研究を始めた切っ掛けは、神職による神楽の改竄でした。

彼らは舞の原型など存在しないと主張します。
でも、決してそうでは無い。
全ての舞には原型が存在します。
舞型を学ぶことで神楽の意味を知ることができます。

私は職業としての巫女に魅力を感じた事はありません。
退職しても退職しなくても私は私でしかありません。

神社の世界がより安寧である事を祈ります。



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